このところは青空が多くて窓の向こうの遠い色を眺めていると何か新しいことが始まりそうな予感を覚えノートを閉じて靴ひもを結び住み慣れた町を歩きだす。 おだやかに、呼吸を続けている町を踏んで、どこへ向かうべきかがわからずにあせりながら坂道をのぼると送電線には鳥たちが並んでいて飛び立って弧を描き、白い日射しがあたりをかすませている。 歩き疲れるとファミリーレストランに入りコーヒーを飲む。そこにもやはり窓があって傾いた日射しを招きながら青い光を降らす空を大きく映している。 青い風景。 たとえばフェンスの向こうのテニスコート。新しい造りの集合住宅。駐車場に並ぶ車。 窓の向こうで煙草を吸う高校生の背を送りながらすぐそこのアパートの屋上から彼らの恋人かもしれない姉かもしれない一人の少女が身を投げたとしたらどうするだろうと思う。 その音は僕のいるところまで届かないだろう。 鞄からノートを取り出して今のことを書き付けていてそのイメージの醜悪さに驚く。 彼女はふざけていたに違いない、よろめいたのは風が強かったからにすぎない。あるいは眩しかったから。それもまたひどく浅薄でたよりなく、だからこのことはあきらめて冷めたコーヒーを口に含みやりかけの仕事について思いをめぐらす。 それは物語で、ごくごくありふれた、できうる限りとるに足らない物語で、個人的な事情から出発しなければならず、しかし僕はそのための何もかもを忘れていて、その発端、小さな傷、あるいはすでに癒え、薄らいでいくそれのかすかな痒み、かすかな声に耳をすまして、白いノート、まだ何も書かれていないページを、いらだって、眺めているのだが、風景は茫洋としていてひどくとりとめのない。 白い日射し。丘の上の。かすんでいてたよりのない。彼らの住む町。 この場所の物語。 追憶と現在の劇。 外へ出ると暮れかけの気配のなかで排ガスのにおいが懐かしくあたりに立ちこめている。一歩、踏む足どりを間違えれば僕の体はつぶれるのだけどそうはならないように狭い歩道を順調にたどって、そばへ来てみればそのアパートは背が低いし緑の木々に覆われていてきっと女の子は死なないと思う。 帰り着くまでに星が出るだろう。それはなんでもない出来事。 遠くで悲劇が起きている。 |