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劇団820製作所第10回本公演 『 スロウ 』 作品ノート



『スロウ』で描きたいことはこの地球のこと。いま、ここにあることへの祈り。
あるいは人が物語を語りはじめた夜のこと。

物語とはわれわれの来歴を語ろうとする古い力のことだ。世界の成り立ちを解き明かし、その内へときみを導こうとする。どうして自分が(あなたが/世界が/そこにある石ころが)いま、このようなかたちでここにあるのか、その秘密を、たえまなくぼく達に教え続ける。

遠い夜の話だ。とびきり臆病な猿がいた。夜を怖れた。たまたま傷でも負っていてこころが弱っていたのかもしれない。周囲を本物の暗闇が包んでいた。なにも見えず、物音は距離をうしない、わが身の輪郭すら覚束ない。暗闇に溺れそうになりながら、そのたった一匹は、必死になって光を求めた。

そのとき、はじめて人間は「ことば」を手に入れた。

自分はいま、よく見知った大地の上にいて、きっと、あと数時間で夜は明けるだろう。いつもそうであったように、この夜もやがて終わるだろう。朝が訪れたら、もう一度いつものように歩きだすだろう。一面の闇にかすかに光が浮かびあがる。「ことば」という名の光。
『スロウ』で描きたいことは、夜を越えて光のもとへ、それまで知らなかった光の方へ、一歩一歩近づいていくひとりの人間。その光までの距離。

いつか遠い昔に、たったひとりで、自分がここにいることを見つけだしたひとりの人間の冒険が、ぼく達に物語をもたらした。そのとき手にした小さな火種を分けあって、世界のあちこちをぼく達はいまも行進している。ゆっくりと物語が燃え広がっていく。この手の内に光がある。ぼく達の掲げるそれは、はたしてこの茫漠とした闇を払うか? はじまりの人間として、なお不断の出発を重ねられるか?

『スロウ』で描きたいことはこの地球のこと。いま、ここにあることへの祈り。
もといた場所へ。それからその先へ。