僕は今、シンガポールのサービスアパートメントのリビングにいます。一週間の滞在生活、来年2018年7月にこちらで制作・発表する日本・シンガポール・マレーシアの国際共同制作作品のリサーチ&ワークショップを終えて、今日の深夜便で帰国するところです。(劇作家がシンガポール人、俳優が二人で日本人とマレーシア人、そして演出が僕という、とても刺激的なプロジェクトに参加しています。)
帰国したら次は、9月24日(日)にワークショップ・オーディションを行って、それから26日(火)以降、約二週間に渡って行われる、これも同じく複数の言語・文化間を超えて共同制作をする、集中クリエイション・ワークショップを行い、最後には、成果発表公演まで行うのですが、(詳細はこちら...[5ToMidnight]国際共同制作ワークショップ)
そういえばその前に、9月16日(土)、劇団820製作所のドラマ・リーディング公演、来年のKAAT公演・福岡公演へ向けた彼らの新作のワークインプログレス作品にトーク・ゲストとして招かれていたのをふと思い出しました。
ワークインプログレスは、都合4回のドラマ・リーディングを実施しながら、観客と共に一つの新作を作り上げていくという非常に贅沢で、しかし真っ当な演劇制作のプロセスを踏んでいくもので、僕はこのような試みを全力で支持したいと思っていて、トーク・ゲスト依頼のお話を頂いたときには一も二もなくお引き受けすることにしたのでした。
ちなみに僕がゲスト出演する9月16日(土)のドラマ・リーディングは全4回のうちの2回目で、先日の1回目にももちろん、僕は観劇をしに行きました。
書きあがったばかりの新作は、近未来の現実の日本を舞台にした、ある意味SFともファンタジーとも取れる非常に興味深い作品でした。
面白いなと思ったのは劇作家の波田野君は、もともとファンタジックな物語(ドラマ)を紡ぐこと得意としてるのに、敢えて今回はリアルな、現実に我々が生きているこの世界の諸問題と相対しようとしていたこと。
テロリズムの跋扈、極端な排外主義の横行。レイシズムの復権や、広がり続ける格差や不平等。移民、難民問題。どれもとても難しい、答えのない、しかし私たちが否応なく向き合わなければならない問題ばかりです。案の定、波田野君の劇作は非常に大きな困難に直面していた。
しかし、その結果として、ファンタジーともSFとも取れる物語が立ち現れつつあったことに僕は非常に深い関心を抱きました。ドラマ・リーディングをワークインプログレスとして上演することも初めての試みだったらしく、それ故の構造なのかも知れませんが、作中、ト書きに相当する部分の多くが、俳優が声にして発する台詞として書かれてあって、作品がいわゆるポスト・ドラマ的な要素を孕んでいたからです。
僕は劇作こそしませんが、演劇作品を作る際、演出家として大きな一つの問題をいつも考えています。それは描く対象が過去であろうと未来であろうと(それはもちろん、過去を描くことの方が、困難さが分かり易く立ち現れるのですが、)果たして人(俳優)は、人(他者)を代理表象することは出来るのか? その権利はあるのか。あるとして、だれがそれを認めるのか。という問題です。別な言い方をすれば、当事者とはだれか? という問いにもなるのですが、
例えば、もう少し分かり易く書くと、例えば難民問題について描こうとしたとき、あるいはもっと身近なところで起きた、身の回りの事件や事故に巻き込まれた人々を描こうとするとき、難民でも、被害者でも加害者でもないものたちが、彼らの気持ち、怒りや不安を本当に表現できるのか。否、表現する権利を有するのか? という根本的な、それは、演じるとは如何なる行為か? という問題そのものでもあります。
波田野君は、前回の、一回目のドラマ・リーディングを観る限り今、意図してなのか偶然になのか、そのような問題に(現実社会の問題を描こうとして)図らずも直面しているように見えました。
演劇を観るということは、商品を購入して消費するような行為ではなく、ましてその出来・不出来だけを考えていれば良いものではないと僕は考えています。観劇は観客の、紛れもない彼ら彼女らの生活に直結してそしてその血肉となって行くべき「体験」でなければならない。そのような理想的な観劇体験はしかしなかなか得ることが困難なのが日本の演劇を取り巻く環境の貧しさの一つなのですが、しかし波田野君の今回の作品は、そのような体験を観客が得られるような場所にとても近いところまで辿り着いているように、少なくとも僕は初回のドラマ・リーディングを観て、そう感じました。
観劇後に短い挨拶を交わした際、波田野君はワークインプログレス作品の上演に立ち会って下さったみんなの意見や感想を取り入れて、もっともっと戯曲をブラッシュアップしていきたい、と意気込みを語ってくれました。僕は、それを見届けたい。彼と彼の俳優らとの劇作の過程、プロセスについて伴走したいと思いました。
僕は観客のみなさんにもぜひこのものを作るという過程の楽しさを共有して欲しいし、一方向ではなく双方向のコミュニケーションを通じて、演劇というものを商品としてではなく体験して欲しいと願うものです。
そう、それは単なる娯楽として演劇を受け取るのでなく、作家と共に、現実の自分の問題として世界と向かい合うためにこそ、なのです。当事者とはつまるところ我々のすべてのことなのでないかと、僕は今考えているのです。
shelf 代表、演出家・矢野靖人
【profile】
現代演劇制作カンパニーshelf演出家、代表。1975年名古屋生。
shelfでは洋の東西を問わず、毎公演、古典的テキストを中心に大胆に再構成。
2014年9月ノルウェー国立劇場にて「GHOSTS - COMPOSITION /IBSEN」が、国際イプセンフェスティバル2014 (主催/ノルウェー国立劇場)招聘。2015年11月バンコクにて開催されたLow
Fat Art Festに招聘。バンコクにて滞在制作、現地アーティストとの共同制作を行った作品[deprived]は、バンコク・シアター・フェスティバルにて”Best
Script of a Play”にノミネートされた。
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